読書感想しりとりリレー2005・その1『「ウチら」と「オソロ」の世代―東京・女子高生の素顔と行動』

 昨年末に本条様のダイアリにて企画を知らされたときに名乗りを上げ、私めの番がまわってきました。「読書感想しりとりリレー2005」の主旨については下のリンクをご覧下さい。

http://ore.to/~cafe/sp/2005_shiritori/index.html

逆に、「読書感想しりとりリレー2005」や他の方々のリンクから来られた方に対して自己紹介を。初めまして。ネット界のオンオフでは旅人と名乗ってます。酒と本と音楽とグラビアアイドルとバニーガールが好きな30代です。いや別に仕事上でこんな自己紹介はしませんが、ネット上だとこのような冗談みたいな自己紹介になります。よくよく考えると「しりとりリレー」参加者で私が最年長かもしれない。あと、このダイアリ上で私、僕、俺など一人称がすげえ変化しますが、その時々の気分で書いてます。こうやってかしこまった態度で書いている場合はたいてい「私」でしょうか。

旧サイト「Night&Day」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~NITE_DAY/
過去の書評
http://www2s.biglobe.ne.jp/~NITE_DAY/i/tobira.htm

「Night&Day」で日記を更新していた時は読書感想ネタを頻繁に書いていました。その当時はプログラマーだったので、ループ文とSQL文でいっぱいになった頭を解きほぐすためにも書評が有効だったのです。ところが3年ほど前から転職して雑誌編集者になりまして、そこではほとんどの原稿を自分で書かねばならず、プライベートになってまで文章書きたくない!という気がして、ネット上での書評はほとんど書かなくなった上に、本も読まなくなってきていたので、半ば強制的に本を読まなければいけない環境を作らなければ、と思ったのが今回の参加の動機です。

 先週の新年会で橋立さんから直接、次のお題を聞かされて、「う・・・か。『ウは宇宙船のウ』?」とまっさきに思いついたのだが、かなり前に姉の蔵書で読んでいたので内容を覚えておらず、ましてやSF者でもないのでSFについて何か書くというのも困難だった。
 今ある自分の蔵書で「う」から始まるのが以下の2冊。
三島由紀夫『宴のあと』(新潮文庫
・中村泰子『「ウチら」と「オソロ」の世代―東京・女子高生の素顔と行動』(講談社文庫)

非常に落差の激しい2冊。なんとなく前者を選んだ方がいいように思えるが、「三島文学におけるこの作品の位置」「プライバシー裁判について」などなど語るのが面倒そう。ここはやっぱり後者にしておくのが無難かも。最近なぜか日記に「女子高生」という単語が頻出してるし。
 というわけで日暮さん、また「う」が来てしまいました。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062748134/249-2707254-2179547

 90年代中頃から後半にかけて頻繁に出された「女子高生もの」研究は、2000年頃から少なくなり始めた。マスコミによる「女子高生はかわいくて猥雑な存在」という色眼鏡の基に、援助交際といった社会問題の中心としてのキーワードとして「女子高生」を扱っていたのだけど、援助交際のさらなる低年齢化やギャルの存在(ギャルな子は女子高生に限らない)が「女子高生」論を霞ませていったのではないかと思うのだけどね。

 本書はその女子高生ブーム前の80年代から、女子高生にリサーチをして企業の市場開拓に貢献している会社の代表による、現代の女子高生事情。リサーチされる対象の女子高生は「ギャルっぽい女の子に対して嫌悪感があり、目立つことが嫌いで、普通の女子高生であることに誇りを感じている」である。ケータイやプリクラといったアイテムを通じて彼女たちの日常や感性を考察する。読者対象は、女子高生当人ではなくその親や教師など、女子高生に直に接するような人。まあ別に出会い系サイトユーザーで女子高生目当ての人でもいいのかもしれんが。
 ルーズソックスは普段どのような形をしていて女子高生はどのように履いているのか、私服の高校に通っている子が着る「なんちゃって」制服はどこで手に入るのか、パンチラ対策とジャージ履きといったような、普通の大人にはまったく役に立たない知識が満載。
 本書や他の女子高生本について思うのは、どうして女子高生というと「渋谷」という地域キーワードでくくられるのだろう。オタクといえばアキバ、というような短絡的な発想だと思うのだが。横浜や八王子や船橋や大宮を拠点にした女子高生研究があってもいいような気がするが。